カテゴリー: 全肯定!心理カウンセラーのご紹介

◆桜井めい/東京(…

子育て&夫婦の悩み専門
~苦しいあなたの心を私に話してみませんか~

全肯定!心理カウンセラー 桜井めい

★ブログ http://ameblo.jp/good0202

プロフィール

20160530

☆はじめまして☆子育て&夫婦の悩み専門
全肯定!心理カウンセラーの桜井 めいです
以前の私の悩みは、不登校の息子と冷たい夫!
息子は嫌がらせをうけたことがきっかけで、中2で不登校になってしまったんです
「お母さんが甘やかしてきたから、息子さんはこんなふうになったんですよ!」
「そんなささいなことで落ち込むのは、心が弱い息子さんですね」
と学校や塾の先生に言われ、私は深く深く傷つきました。

私の子育ての何がいけなかったの?
私は毎日会社に勤め、とても忙しい毎日
でも息子には毎日お弁当を作り、勉強も教え、
子育てに手を抜くことはありませんでした
子供のことを、家族のことを、いつも一番に考えて、頑張っていた
それなのに・・・なんで私、こんな辛い思いをしないといけないの?
私、誰よりも頑張ってきたのに・・・
そう、私は子供の頃から、努力家で頑張り屋だった
母は私に、いつもこう言っていた
「周りの人にはやさしくするものよ」
「人には迷惑かけちゃいけないのよ」
「やるべきことは先にやるのよ」
「コツコツ努力したら成功するのよ」
だからたくさん我慢して、たくさん努力した
そしていろいろなものを手に入れた
だけど・・・いつも生きづらかった
いつも孤独を感じていた
誰かと過ごす時、楽しい気持ちより疲れてしまう
なんでだろう・・・
もっと幸せに生きている人はたくさんいるのに、
私はどうしてこんなに苦しいんだろう・・・
夫はもともと無口で、育児や家事はやらず、
夫婦の会話はほとんどありませんでした
そんな中、学校へ行けない、成績は学年最下位の息子に、
夫はイライラし、ますます家庭の雰囲気は暗くなっていったんです

そんな時、全肯定カウンセリングに出逢い、
心がふっと軽くなる瞬間を味わったんです
この軽さって、とても心地いい!
全肯定は、ほんとうに暖かく、私の苦しい心が緩み、ホッとしました
何を話しても大丈夫で、本音の自分を表現することができたんです
自分のふたをしていた気持ちに気づき、私の心はどんどん軽くなっていきました

そして今・・・
あんなに苦しかった私が、目が覚めると幸せだなと感じます
息子は毎日、高校へ行っています
生き生きと暮らしているのは、こんな自分を
おかあさんがわかってくれたからだと息子は言います
好きなことを押さえつけられ、勉強ばかりさせられていたら子供は辛いよ・・・
と食事の時間に話が弾みます
そして、やはり夫は無口だけれど、大切にされていると思う私がいます
それは私の心の存り方が変わったから・・・
夫なりの愛情表現に私が気づいたから・・・

あなたも苦しい気持ちを私に話してみませんか?
人に寄り添ってもらい、気持ちを受けとめてもらうと悩みは小さくなっていくんです
あなたの気持ちのすべてを受けとめます
一度きりの人生を笑顔で過ごしませんか?
カウンセリングを受けて、たくさんの気づきが
あなたの人生を大きく変えていくかも知れませんよ
全肯定カウンセリングは批判や否定は一切しません
安心してあなたの心の声をお話しください

桜井めい

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◆奈つ吉/大阪1期…

幸せ♡笑顔家族の作り方!全肯定ママカウンセラー奈つ吉

★ブログ http://ameblo.jp/u-and-natsukichi/

プロフィール

なつきち横顔%u3000笑顔ママ分

幼い頃から喘息、アトピーを発症。
喘息の発作防止の為に笑う事も制限され、アトピーの自分を
醜いと思っていた。成長しても、引け目や挫折に苦しむ。

「絵を描くことが好き」
感情のままに描き、抑圧された不安や苦しさが表現されると、
心が浄化され、心の世界が新しく築かれていくことを感じる。
徐々に心が穏やかで前向きに、体調も良くなっていった。
そんな経験を活かそうと、アート療法・色彩心理を勉強する中、
そして子育てママとしても、親子の密接な関係や、
ママ達が抱える様々な「苦しさ」を知る。
特に大人には、心にダイレクトに届きやすい、言葉の力が必要と痛感し、
カウンセラー講座を受講。「まずは、ママが幸せであること」
あなたが満ち足りた心で、毎日を過ごせるように。
子どもが明るい心で、夢を描けるように。
大切な家族が、心からの笑顔で幸せであるように。
「幸せ♡笑顔家族の作り方」一緒に探しましょう。
答えはきっと心の中に・・・!

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◆宇野まゆ子/名古…

寂しい、ひとりぼっち・・・イライラや生きづらさを解消
愛知県・全肯定!心理カウンセラー☆宇野まゆ子

★ブログ http://ameblo.jp/meriimomo/

プロフィール

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こんにちは、全肯定!であなたに寄り添うカウンセラー宇野まゆ子です♡

私の過去、それはひたすら我慢と孤独の人生でした。

-幼少期-
両親は自営で共働きでしたので、ひとり部屋で、寂しく待つ毎日。
忙しさのせいで、父も母は常にピリピリしていました。
そのせいなのか、少しでも失敗をすると大きな声で怒鳴られたり、
時には家の外へ出されることもありました。
夜中には、父と母の喧嘩、「ドンっ」と壁を叩く音や大きな罵声に、
私は怖くてどうすることもできず、ひとり布団をかぶり
聞こえないふりをしていました。
そんな中、私にできることは、母の言うことをなんでも素直に聞くこと、
面倒をかけないこと、そして、“母の愚痴”を聞くこと。
母を助けたくて、母に迷惑をかけたくなくて、必死に生きていました。

-学童期-
小学校から中学校の間は、仲間はずれ、ばい菌扱い、
仲の良かった友達からの裏切りなどのヒドイいじめにあってきました。
先生も見て見ぬふりで、いじめられていても授業は進んでいくという日々を過ごし、
何をされても、我慢して、しくしく泣くことしかできませんでした。
忙しい両親には心配をかけたくなくて、いじめられていることすら
話すことができなかったのです。
また、忘れ物の多かった私は、よく担任の男の先生に怒られていました。
お尻を棒で叩かれたり、窓から落とされそうになったり・・・
そんな経験から、男性への恐怖心も感じるようになりました。

-思春期-
中1の時に、父が自殺。
母は身内から責められ憔悴し、私の心の中は悲しさと怒りでいっぱいになりました。
私は、父に対して「家族を見捨てた」と恨みを持つと同時に、
「父を助けられなかった」という、罪悪感と無力感を感じたのです。
生きていてもしょうがないとさえ考えるようになりましたが、
母をひとりにはできないという想いが、私の生きる意味でもありました。
あいかわらず、イジメや仲間外れも続いており、当時の私は
「人は裏切る」「だから人を100%信じない」ということを握りしめて生きていたのです。

-成人期-
そして、高校入学の時、もう孤独は嫌だ、私はもう変わるんだ。
明るく生きるんだと決めて、そう振る舞い始めました。
そのかいあって、高校時代や社会人の頃は、友達にも恵まれ、
少しずつ元気を取りもどし、社会人としても楽しく過ごしていました。
が・・・どこか自分を偽り、周りの人に合わせたり、今思えば、
周りに気を遣っていたように思います。
楽しい反面、孤独や寂しさとも常に隣り合わせで、不安を抱えていましたが、
見ないふりをして、平気なふりをして過ごしていました。

-結婚・子育て期-
その後、恋愛し、結婚し、幸せな日々を過ごしていましたが、
子供が生まれて、私の心は大きな不安で支配されていきます。
初めての育児に不安ばかりだったのです。
子供は発達がゆっくりで、周りの子と比較しては心配になる。
発達障害かもしれないと奔走し、日々悩み、子供がからかわれやすく、
傷つきやすかったので、そんな子供を守りたい一心で、必死な子育てをしていました。
その一方で、子供に対して、甘えられると無性にイライラしたり、
激しく怒っては落ち込み、ダメな母親だと自分を責め続ける毎日でもありました。
ママ友との距離感もうまくつかめず、不安で仕方がない。ただただ不安でした。

いつしか、その不安の原因は夫にあると、勝手に思い込み、
夫に怒りを向けるようになり、夫婦関係も最悪となっていきました。
夫に相談するわけでもないのに、何もしてくれないと怒って、
わかってくれないと嘆いていました。
また、子供を怒る夫を見て、自分が怒られているように感じ、
びくびくするようになったり、苦しい思いを抱え、
それでも、誰にも相談することができず、 孤独感を感じながらも、
必死に日々を過ごしていました。

-全肯定!との出会い-
なぜ、私は、こんなに苦しいのだろう・・・
「もう誰か助けて-」と叫びたくなるほど、私の心はギリギリのところまで来ていました。
そんな中、笑顔ママ講座と全肯定!心理カウンセリングに出会ったのです。
笑顔ママ講座と全肯定!カウンセリングを通して、私は、少しずつ少しずつ、
自分と向き合うこと、自分を取り戻すこと、自分を大切にすることを学び、
知り、行動に移してきました。そして、やっと「私はそのままの私でいいんだ」
と感じることができたのです。

わずか8か月で、夫への怒りは収まり、それが愛情の裏返しだったことに
気づくと同時に、実は夫から、ずっと愛されていたのだと知りました。
それに気づくことができた今は、夫を大切に想う気持ちも取り戻し、
毎日を温かく、安心した気持ちで過ごすことができるようになっています。
子供に甘えられてもイライラすることもなくなり、うまくできない子供を
丸ごとしっかりと受けとめることができるようにもなりました。

何十年も生きづらさを抱え、ガマンしても、がんばっても、全てがうまくいかなかった。
そんな私が、いままで苦しんできたことがまるでウソのように、
それを乗り越えることができたのです。

今、私は、私だからこそ、できることがあると確信しています。
以前の私と同じように、ひとりで我慢し、必死で頑張っているあなたに、
それでもうまくいかなくて、自分を責めてしまうあなたに、
私の中にあった幸せに気づかせてくれた「全肯定!」
「まずは自分を大切にするということ」をお伝えしたいという想いから、
笑顔ママ講座認定講師、まるっとレッスン講座認定講師、
全肯定!心理カウンセラーとして活動しています。

あなたの想いを、全肯定でお聞きしています。
私だからこその、寄り添いとサポートをさせていただきます。
まずは、ブログに遊びに来てくださいね(*^-^*)

尚、提供メニューのすべてが、女性限定とさせて頂いております。ご了承願います。

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◆万葉(まよ)/東…

全肯定!心理カウンセラー・笑顔ママ認定講師  万葉(まよ)

★ブログ http://ameblo.jp/amethyst45/

プロフィール

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東京4期卒業「全肯定!心理カウンセラー☆万葉」です。
二女を持つ、結婚生活30数年の主婦。

2014年2月、夫の不倫発覚><;
自他共に認める真面目で子煩悩で、家庭的な良い夫が、、、
まさか!夫に限って、、、、

知った時は、それはもう言葉では言い尽くせないほどの衝撃でした。
一人っ子の私は兄弟もおらず、父は既に他界。唯一の肉親である母は高齢で認知症。
親友・友人はいますが、どうしても言えず、誰にも相談できませんでした。

昨年の春、職場の同僚との会話中、相手の悩みや、人の心の痛みに鈍感になっている
自分に気がつきました。
あまりにも自分が辛い!苦しい!どうして良いのか分からない!と思う渦中にあっ
て、他人の気持ちが見えず、自分の事も分からなくなっていました。
何を大事にしたいのか?好きだと思っていた事も本当のところどうなの??
これでは人としてマズイ!!と、危機感を覚え、心理学を学びたい!と思っていた時
に、たかぢんさん主催の「全肯定!心理カウンセラー養成講座」に出会いました。

全肯定を学んでからは色々な気づきがあり、何よりたかぢんさんや仲間の人達に癒さ
れ、この出会いによって人生が変わりました。

夫の不倫問題にとらわれている中、それとは別に私自身が元々感じていたコンプレッ
クス・劣等感が浮き彫りになって来たのです。
長年に渡り、見ないように蓋をし続けていたのだと気付かされました><;
劣等感の塊りのような私が、講座を通して自分を肯定することで視点も変わり、今で
は悩みを手放し、ラクに生きられるようになりました。

当初カウンセラーになるつもりは無かったのですが、受講するうち、私のこの経験が
同じ問題で悩み苦しむ方達のお役に立てれば、と思い始めました。

不倫問題については、経験した人にしか分からない感情が沢山あります。
直接の解決に結びつかなくても、信頼出来る人に悩みを聴いてもらうだけで救われ
る!ということもあります。
どんな問題も一人で抱えず、誰かに寄り添ってもらえることで、心がとても緩み温か
くなるのを実感しました。

不倫も含めての夫婦の問題・コンプレックス・劣等感の悩みなどを専門に問題を抱え
ている多くの方達に「寄り添って生きたい」と思っています。

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◆越郷一代/札幌(…

「LEAF PALLET」
息子の発達障がい!娘のうつ!そして母の呪縛!認知症介護
~もうひとりで背負わなくても大丈夫!~

糸口がなかった家族の問題を一緒に根本解決します。

全肯定!心理カウンセラー・笑顔ママ認定講師  越郷 一代(こしごう かずよ)

★ブログ http://ameblo.jp/miliwan

プロフィール

ミリわんスタンプ画像 (800x800)

一人娘の私は、57年間、母の過干渉に縛られて生きてきました。
「遠くへ行くな!」「友達と遊ぶな!」「自転車に乗るな!」漫画、お祭り、
くだらなくて汚いから駄菓子屋禁止!習い事のピアノは、絶対にやめさせてもらえない。
母の友人、私の友人、父への愚痴を、延々と聞かされる毎日・・・。
成人した私は、その母から逃れるように結婚、やっと見つけた自分の居場所。
しかし、結婚してからも母は、毎週新居に通ってきました。
一週間以上、母のいない生活をしたことがない私でした。
二人目に生まれた息子の様子が変で「おかしい、周りの子供と違う?」と思い始めた時
夫や親たちは「男の子ってこういうものだよ。」と言っていました。
そしてしばらく経つと今度は「お前の育て方が悪い!」と言い始めました。
学校の先生からも「この子は私の手には負えません!」と突き放され、
児童相談所で検査をするも「普通学級の子です。
戻ってください。この子の指導ができない教師の問題です」
と、何度か行きつ戻りつの学校生活。
家族からも、学校からも、攻撃される毎日。

息子が小学校4年生の時にやっと「学習障がい」という言葉に出会いました。
その後「注意欠陥障害(ADHD)」「発達障がい」と次々と障がい名が変わっていきました。
それでも、「障がいのせいだった。私の育て方が悪かったのではなかった」
と、私は少し安心したのを覚えています。
PTA役員をしながら、学校にたくさんの資料を持っていっては、先生やお母さんたちに
息子のことを理解してもらう努力の毎日。
教師も障がい名を知らない20年前のお話、そんな時代に私と息子は生きていたのです。

長年の努力の甲斐あって、やっと夫も、息子の障がいを受け入れ、夫婦で一緒に
「発達障がい」の子育てを始めることができはじめたころ、実父が肝臓がんで亡くなり・・。
支えを失った母のうつ、私への依存が更に強くなり、同居せざるを得ない状況になってしまったのです。
当時の私は、母が居続ける家の中の空気が、
赤紫色のねっとりした毒の液体で満たされて息ができないような感覚を感じていました。
母がいることで、夫にも遠慮する生活が続き、「私の居場所はどこにもない」と感じていました。
家に居場所を失った私は、美術館ボランティア活動や、グリーンアドバイザー
園芸福祉士の資格を取り、「北海道学習障がい児・者親の会(クローバー)」
の勉強会など、ひたすら家の外へ出ることで、唯一私自身の心のバランスをとっていましたが、
家に帰れば、母がいて、自分を置いて外出している私への攻撃をしてくる。
そんな繰り返しの日々でした。
そんな中、今度は、娘のうつ、ひきこもり生活が始まりました。
同時に、義父が認知症を発症。
腰が不自由になってきた義母は、老老介護をすることが出来ず、
グループホームに入所するまでの間、ごたごたの日々。
そして、とうとう実母も認知症に・・。
母へのうっとおしさが、だんだん恨みに変わっていきました。
「どうせアンタは私が死ねば良いと思っているんでしょ?死にたーい!」と叫ぶ母。
「そう!死んでほしい。」と私は心の中で思っていたのです。
親の死を望む娘・・。私はそんな人間。その思いが私をさらに苦しめていたのです。
「いいんだよ。オシッコを漏らすことぐらい。」とにっこり笑いながら、
実は最低な気持ちで介護を続けていました。
そして・・、唯一、私の心を支えてくれていた愛犬のミリィを失ってしまったのです。
もう限界!どうすることもできない。
そんな時、出会ったのが、全肯定カウンセラーの藤村高志(たかぢん)さんでした。
初めて、札幌で心理カウンセラー講座を開講するという情報を得て、藁をもすがる思いで講座に参加しました。
講座の中で、悩みやこころのメカニズム、感情の消化方法について学んだり、子供の頃からずっと抱えていた生きづらさの原因や、人間関係の対処法を知ることで、私のこころは癒されていったのです。同時に、信じられないことが起こったのです。
カウンセリングで、母との共依存から抜け出し、「私は自由なんだ!」そう思えたとたん、
母の施設への入所が決まったのです。
いま思い返すと、もしかしたら、私自身が、私の自由を縛っていたのかもしれません。
そして、娘も、少しずつ外出できるようになり、息子のことも、夫婦そろってしっかりと
その成長を見守ることができるようになったのです。
たった数ヶ月で、私の心は劇的に変わりました。すべての問題から解放されたのです。
いまの私は、もう生きることに怖さを感じません。

私の人生を大きく変えた全肯定カウンセリング!
今度は私が、しっかりと伝えていきたい!
今は、そう素直に思えるのです。

・1957年11月生まれ
・横浜市出身/札幌市在住
・活動地域:札幌市・札幌近郊

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◆酒井康成/スカイ…

全肯定!心理カウンセラー 酒井康成

★ブログ

プロフィール

2015-03-23 21.36.24

人生の中で、人は色んな事を経験し、その経験の中で
「自分が受け入れたもの」を信念として持ち、人格がつくられていきます。

はじめまして!全肯定心理カウンセラーの酒井康成(やっちゃん)です
幼少期、長男の僕は、かなり甘やかされて育ちました。
僕が甘やかせてくれたのはおじいちゃん。いつも傍にいて僕を守ってくれました。
両親よりも大好きな存在。

僕には2人の妹がいますが、家の中では暴君?(笑)いつも妹をイジメてばかり…。
厳しい性格の父はすぐカッとなり、僕を裸足のまま夜、外へ放り出しカギを掛けたり
ベルトで縛り押し入れに閉じ込めたり、かなりハードなお仕置きでした。( ̄―+ ̄)
勉強が出来ないと「どうしてこれがわからないんだ!」「なさけない!」そう罵倒され、
その度に、「自分は出来ない、バカな奴だ」と思い込んだのです。
そん環境の中で育った僕は、いつしか友達をつくらず、消極的で、気弱な少年になっていったのです。

ところが、そんな僕に神様は救世主を与えてくれます!
5年生に進級した正にその日、掃除の時間に新しく代わった担任の先生が、
僕に近寄ってきてこう言ったんです。
「やっちゃん!掃除上手やな~。みんな、やっちゃんを見習って・・。」
怒られると思っていた僕は…、ビックリ。(゜レ゜)
先生は僕の〝いいところ“〝できたところ”を見つけてメチャ褒めてくれたのです!
この先生、石原先生といい、女性ですがとても厳しかったんです
厳しかったけど、優しい。そして出来たときや頑張ったとき、ものすごく褒めてくれる!
見放さずひとりひとりとトコトン向き合ってくれる先生でした。
この石原先生のおかげで、僕の成績は見る見るトップへ!
暗く、消極的だった僕には友達がいっぱい。
人前に出ると緊張して動けなかったのが先生に自信を付けてもらい、
なんと!ラジオ体操の代表選手に!

僕は変わりました、いや、変われたんです!
「恩師」石原先生、僕を変えてくれた恩人です。
その時は、一時的に成績優秀、模範生みたいになれた僕ですが、
小学校を卒業し石原先生と別れた後、中・高校時代は、めちゃグレました(笑)
そこそこのヤンキースキルを身につけ社会人へ。
当然の如く社会では全く通用しません。
上司、会社とやり合い、ようやく大人の世界が分かって来たころ、
カメラマンの夢が捨てきれずに高卒後、働いた会社を惜しまれながら(笑)退社
カメラマンになってから、やりたいことが次々と出てきて転職を繰り返すこと10回
何をやっても続かない…、おいおいな人生を歩き始めたのです。( ̄― ̄)。
で…、面白いことに、結婚したことや、年齢的にも追い詰められて仕方なく入った
今の会社が、いちばん長続き(^^;)しかも、不思議なことにいまだに嫌ではないんです。
つまり、辞める理由が見当たらない会社…、なんです(笑)

と…、こんな感じでここまできた僕が、なぜカウンセラーに?そう思いますよね?
ナイス質問!(^◇^)←自作自演。(^^;)
青年期からなぜか・・、自分でも分からないのですが、心理学やカウンセリングに興味があったんです。職はコロコロ変わるのに、それだけはなぜか変わらなかったんです。
それは、幼い頃の「独りぼっちの自分」が求めていたものかも知れません。
それに加えて、なぜか…?相談されることが多かったんです。
やっちゃんなら、「親身になって話を聴いてくれそう」ってよく言われました。

全肯定!なたかぢんさんに初めて会ったとき、「これだ!」と直感的に感じました。
同時に、恩師の石原先生のことを、ふと、思い出したのです。
どんな自分でも見放さずトコトン向き合ってくれる、気持ちを受けとめてもらえる。
その共通点が、僕の中でリンクしたんだと思います。
僕の人生を変えてくれた石原先生みたいに、うまくいかなくて苦しんでおられる方
全肯定カウンセリングで、
「カウンセラーになりたいなぁ」20年以上漠然と頭の片隅にあった想いが、
師匠である藤村高志氏(たかぢんさん)との出愛で実現したのです。
世の中には心理カウンセリングの手法が数多く存在します。
僕も色々つまんで来ましたが、「全肯定!」ようやくここへ辿り着きました。

あなたがもしカウンセリングを必要と感じているのなら「全肯定心理カウンセリング」に心を委ねてみて下さい。きっと僕が、たかぢんさんに学んだ理由が分かって頂けると思います。
あなたの心に癒しがもたらされることを心から願って。
(全肯定心理カウンセラー 酒井康成)

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◆森崎葵/東京(5…

流産、子宮がん!子供がいてもいなくても、もう大丈夫!

「よく がんばった」自分をまるっと肯定しよう!

全肯定!心理カウンセラー 森崎葵

 

★ブログ http://s.ameblo.jp/alohastar222/akebono/

プロフィール

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子供の頃から「私なんて」という気持ちがあって、
何をしても「こんなんじゃダメだ」という気持ちを持ち続けていました。

両親のように 頑張らないと、成績よくならないと、良い所に就職しないと!!
両親からほめられる事があまりなくて、「自分はダメなんだ」と思っていました
父は借金がかなりあって、家のローンよりも借金の方が多かった。
家族を養うために母は頑張って働いていたので、いつもイライラしてるように見えました。
母のいう通りにしないと不機嫌になるか 怒られる
母が怖かった私は、いつも母の顔色を伺っていました。
いつの間にか「母がいいと思う方を選ぶ」が鉄則になっていました。

でも何か違うと感じていて、自分が自分でない感じ
母からの束縛がしんどくて1人暮らしを始めたけど
距離を置いても自分の中に境界線がないからずっと母が私の中にいて、
母がいいと言いそうな方を選んでました。
それは世間のうけも良く、一般的に正しいと言われる方でした。

結婚してから子宮がんを経験して、それをなかなか受け止められなくて
病気になった自分を否定していました。
母を悲しませたくなくて、がんの事をなかなか言い出せなかった。
「こんなんじゃダメだ、がんだなんて・・・」
辛い気持ちをずっと抑えていたら、辛い事もわからなくなっていました。
何をしても気持ちは平たんで、感情がなくなっていきました。
手術を終えて回復してくると、周りの人は
「治って良かったね」「前向きになれるといいね」
「早く仕事復帰できたらいいね」
と励ましてくれました。
確かにその通りなんだけど、できない、そう思えない。
がんは軽度だったし、命が助かったんだから感謝しないといけないのに
「何で自分はできないんだろう・・・」
と、できない自分を責めて辛くなる一方

前向きになれそうな本を読んだり、がんを克服した人のセミナーを受けたり
スピリチュアルへ行ったりしました。
でも「どこへ行っても自分は動けない、何でなんだろう」
という、どうにもならない気持ちを抱えていました。

そんな時に、全肯定たかぢん師匠のブログに出会いました!!
「気持ちには、癒しが必要な時、行動が必要な時、感謝が必要な時の3段階がある」
このブログ記事を読んで、全てが認められた気がして 涙があふれました。
「自分が動けないのは、癒しが必要な時期だったんだ」と安心しました。
全肯定に出会って、「自分はこのままでいいんだなぁ」
と 全てを認めてもらう安心感と心地よさを知りました。
全肯定で自分を認めたり、癒していくと安心感が増していき、
だんだん自分自身の感覚が戻ってきた気がしました。
がんになってから 感情が不透明のベールに包まれた感じで、嬉しいも悲しいも
あまり感じなくなっていて、何かスッキリしませんでした。
全肯定のカウンセリングを受け、自分の中に入って不透明なベールをよく観察してみると・・・
そのベールは、悲しみや辛さを感じないように 自分で自分を守ってくれていたからだと気づく事ができました。
今まで不透明なベールを邪魔だと思って、取り除く事ばかり考えていました。
守ってくれてたベールに感謝の気持ちを伝えると、ベールはだんだん開いて
青空が見え始めました。
自分を肯定していくと、周りの事も肯定できるようになりました。
ケンカが多かった旦那との関係も、良くなっていきました。
「子供が欲しかった」
そんな気持ちにもフタをして、ずっとずっと抑え込んでいました。
うちだけ子供がいないので、ご近所づきあいも距離があるように感じて
ご近所づきあいもしなくなっていきました。
周りの人のお子さんの話を聞きながら
「結婚したのが遅かったし」と、自分に色々理由をつけて なだめて
「しょうがない」と思って、自分の気持ちをどんどん抑えていったのです。
手術で子宮も卵巣も取って、もう女性でなくなった気がして悲しかった。
子供はもう望めないという烙印を押された気持ちでした。

そんな抑え込んだ気持ちが知らない間に育って
私の中に、大きな大きな体育館くらいの闇を作っていました。

「私はこんなに辛くて悲しかったんだ」と気持ちを認めていくと
その闇は、小さくしぼんでいきました。

「親を悲しませてはいけない」
「子供がいないとだめ」
「がんになった自分が認められない」
「私なんて」

と思っていた自分も、「よくがんばってきたね」と肯定していけるようになって
全肯定の安心感を広げていきたい、
安心できる空間を作りたいと思うようになりました。

みなさんに、全肯定の安心感を知っていただきたいです。

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◆東園恭子/大阪(…

医療と、こころのメカニズムの融合の専門家!
全肯定!薬剤師心理カウンセラー 東園恭子

★ブログ http://ameblo.jp/haru-ha-akebono/

プロフィール

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突然の、夫の死…、
そして、長男の不登校。
2人の子供を抱え、ひとり取り残され…。
全ては、私の責任…。母親失格!
当時の私は、生活していく気力、生きる意欲、その全てを失っていました。
そしていつしか、私は、「生きていてはいけない」と思うようになっていました。
「私が存在しているだけで、周りに迷惑がかかる…。」
「それなのに、死ねない自分は、なんて自分勝手なんだろう…。」
毎日毎日、当時の私は、そんなことばかりを考えていた気がします。

そんな時、偶然出会った、全肯定!心理カウンセリング。
ゆっくりと、自分のペースで、自分のこころに向き合うことで、
私は、失っていた自分のこころと、「自分を大切にする」ことの大切さ…。
そして、家族や友人、周りの人に、見守られ、必要とされていることにも気かされました。
「こんな私だけど、生きていていい」やっと…、そう思えるようになったのです。
私が、癒されていくのと同じタイミングで、
2年間の不登校、ほとんど話しをすることもなかった息子が
少しずつ話をするようになり、そして、笑顔が戻ってきたのです。
自分が癒されることで…、自分が自分を許すことで、子供がしあわせになる。
いまの私は、それを実感しています。
その後息子は、2年間のブランクを乗り越え、自分の意志で通信の高校で学び、
そして自分の意志で、東京の某国立大学に入学したのです。
信じられないような、不思議な経験…。
いまでは、ほとんど家にはかえって来ない、たまに連絡してくるのは「お金を送ってほしい」
そんな息子を、たくましくすら思っています。

いま、ふと考えることがあります。
あのどん底の生活の中で、もし、全肯定!に出会うことができていなかったら…、
私の人生も…、そして子供たちの人生も、どんな方向に向いていたのか…。
全肯定!心理カウンセリングに出会うことができて本当によかった…、
いまは、こころからそう思っています。
「いまの私できることはなんだろう?」
私は、いつしか、そんなことを考えるようになっていました。

私と、私の大切な子供たちを救ってくれた全肯定!心理カウンセリング。
そして、夫を失ってしまったいまでも、子供を大学に行かせることができたのは、
両親に勧めらて進んだ、薬剤師の道があったからこそ…。
私は、薬剤師として20数年間、日々30人以上の患者さんと接し
そして、私自身の体験を通じて、医療には心の問題が深く関わっていること、心と体、親と子の心は、見えない力で深く繋がってることにも気づきました

心理カウンセリングと心のメカニズム、そして20年、医療の現場に携わってきた得た知識合わせて、私なりにできることをしていきたい。
私は、私が生きてきた、いままでの知識と経験を生かして、
かつての私と同じように、苦しんでいる方々のサポートをしながら、
これから先の人生を歩んで行きたいと思っています。

長い間、生きづらさを抱えていた私ですが、
そんな私だからこそ、私にしかできないことがある…。いまはそう確信しています。
私は、私の中に再び灯った幸せのともしびを、
私の周りから、少しずつ広げて行きたいと思っています。

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◆手塚絵心/スカイ…

我慢しなくていい!
うつ、いじめ、精神疾患、無気力を乗り越えて人の可能性を見出す

全肯定!心理カウンセラー手塚 絵心

★ブログ http://ameblo.jp/s-e-w/

プロフィール

小さいころから何のために生きるんだろ うと思っていました。
いろいろなことを我慢し て育った私は、人の顔色をうかがい、常に人に合わせてきました。
いじめにもあい、人はな ぜ生きるのだろう、死んだらどうなるんだろうと考えるようになりました。
大人になってからも言いたいことが言えず 我慢するようになっていた私は、たくさんの人に騙され、傷つきました が、それでも信じたい一心で我慢していました。
そんな時、詐欺にあい、立っていられな くなるほどになり、うつ病と精神疾患を発症しました。
落ち込んで寝込むようになってから、当時 所属していた活動団体が宗教団体ということが分かり、この人達も詐欺だということに気づきました。
信頼し、仲間だと思って いた多くの人に騙され、金銭的被害やマインドコントロールされていた事実も知り、抜け出すことがとても困難になり、死ぬことしか考えられ なくなっていました。
今までにないくらい精神 的にも身体的にもボロボロになった私は何人ものカウンセリングを受けました。
たくさんのカウンセラー さんとの出会いがありましたが、私には納得のいかないものも多かったで す。
中には叱責する人もいて、傷つくこともあ りました。
そんな中、出会ったのが全肯定カウンセ ラーでした。
私のすべてを丸ごと受け止めてくれる全 肯定カウンセラー。
どんなことを言ってもいい、辛い、嫌 だった、助けてほしい、そんなことを言っても否定されることなく、受け止めてくれました。
認めてもらえるからこそ 安心して次に進める力をもらえます。
自らの力を信じて、広げることができる のです。
今までたくさんのカウンセリングを受けてきま したが、肯定し、認めていくことで少しずつ心が安定していきました。
今では生きる活力を取り戻し、次に何を しようか、どんなことをしようか、いろいろなことに挑戦して楽しんでいます。
今度は私が一人一人の心を 癒し、力を引き出せるようにお手伝いしたいと思っています。
私のように悩み、苦しんでいる人、人間関係がうまくいかず、言いたいことが言えず、吐き出せない人の力になりたいです。
どんなお話しでもいい、安心してお話し下さい。

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◆楓りよ(りょっち…

「両親からの見えない呪縛ときょうだい差別で育っても幸せになれる」
全肯定!心理カウンセラー 楓りよ(りょっち)

★ブログ http://ameblo.jp/chochitatoshu/

プロフィール

t02200293_0720096013433039070

幼い頃、父はギャンブルやお酒に依存していました。
借金が借金を生み、家計は火の車
母は、いつもヒステリックで、私は母の愚痴ばかりを聞かされて育ちました。
父は、夜中に酔って帰ってきては、夫婦喧嘩が始まり罵声や怒号、
「ガチャーン」という物音を聞聴くたびに、ビクビクし、
怖くて布団を被って耳を覆いながら寝るという日々を過ごしていました。
翌朝、母の顔にアザが出来ている事もたびたびありました。
中学生の頃、そんな毎日に耐え切れず、母に訴えました。
「そんなに嫌なら、離婚すればいいのに・・。」
私にとっては、「苦しそうな母を助けたい」そう思ったからこその一言でした。
その時、母から返ってきた言葉は、私のこころに突き刺さる衝撃的な一言でした。
「あんたが生まれたから離婚できんのやん!」
「あんたが生まれてこんければ離婚できたのに」
「あんたさえ生まれてこなければ・・。」
私は、言葉を失いました・・。
それ以来、私は母を親として見る事ができなくなり、そして誰も信用できなくなり
非行、不良少女を絵に描いたような生活。
自分の衝動を抑えきれず、荒れ果てた行動を繰り返していました。
それに加え、親からいつでも兄と比較され、兄妹差別をされて育ってきました。
兄はいつも習い事や欲しいものは、長男だからという理由で買い与えてもらえ
しかもいつでも新品のもの。
高校は進学校のため、バイトが出来なかったのでお小遣いをもらっていました。
大学も行かせてもらえ、車も親に買ってもらっていました。
私は下だからと言われ、いつも我慢を強いられてきました。
いつでもお古を与えられ、兄のように新品はなかなか買ってもらえませんでした。
習い事は兄のついで程度に行かせてもらえたそろばんのみで、
私がオルガンやピアノが習いたいと言っても聞き入れてはくれず、自分の希望は叶えてもらえませんでした。
高校になったらお小遣いがもらえなかったので、バイトをして稼いでました。
美容学校の授業料や、自動車学校も車も親は私には一切出してくれないので、
私自身も待遇の差に不満はあるものの親に頼る事無く自分のバイト代から全て出しました
結婚が決まった時も、婚礼家具も着物も、ウエディングドレスも費用は自分で出しました。
親はいつでも、兄には出せても私には出せない。その方針はずっと続きました。
ただ長男というだけで兄ばかりに愛情が注がれて、
家族の中でも私はいつもひとりぼっちで孤独感をいつも抱いてきました。
そんな家庭環境の中で育った私は、人とうまく関わる事もできませんでした。
□友達とうまく交流ができない。
□ほんの些細なひと言に、大きく傷つき、周りの人に気を遣ってばかり。
□人を信用したいのに信用できない。
□そして裏切られる。
「自分が嫌い!」「どうにかして自分を変えたい!」
当時の私は、そんなことばかりを考えていた気がします。
母は離婚できない自分を悔やみ
「女も男に頼らず自立できる職業を」という思いを私に託し
私は、母の望む通り、“美容師”という職業につきました。
すると・・・、今度は親からのお金の要求
私が断りでもしようものなら
「今まで育ててもらった恩はないのか!」
「冷たい子。そんな風に育てた覚えはない!」となじる親。
苦労してやっと手に入れたものを・・、いつも親に奪われる・・。
小さい頃からずっと、私が助けて欲しい時には、放っておかれ
私の意思で自由にしたい時には、自由にはさせないとコントロールしてくる母。
母の思い通りになるまで延々と、言い寄ってくる母にうんざりする毎日。
そんな両親から、早く解放されたい!
私は、自分が安心できる居場所が欲しくて、あたたかい家庭を築きたくて、
両親から逃げるように結婚しました。
その母は、数年前に他界しましたが、その翌年、今度は認知症になった父親の介護をすることに・・。
やっとの思いで、離れたはずの両親から、今度は違う形で引き寄せられてしまう。
介護という先の見えない不安や、慣れない状況に苛立ち、
まるで真っ暗なトンネルや迷路に迷い込んだような、そんな感覚を感じていました。
誰にも頼れなくて、つらくて苦しくて・・・、逃げ出したい・・・。
それでも、介護の必要な父を、見捨てることはできない。
どうして私だけが、いつも私ばかりがこんな目に合わないといけないの?…
運命さえ味方をしてくれないんだと、ただただ孤独と絶望の淵に立っていました。
そんな時、偶然、テレビで心屋さんを知り、そこから、たかぢんさんを知り、
全肯定に出会ったのです。
いままで、感じたことのない安心感の中で、幼い頃からずっと抑えてきた

自分の本当の気持ちに気づき、自分を大切にすることの本当の意味を知ったのです。
あんなに「嫌い」だった自分のことを、「好き」だと感じることができるようになった。
あんなに嫌いだった亡くなった母のことも、少しずつ許すことができるようになった。
あんなに怖かった父のことを、今では許すことができた。
あんなに、誰も信じられなかったのに、いま、多くの人に囲まれて生きている自分
そんな自分に「よくがんばったね」「よく我慢して生きてきたね」
そんな風に、いまの私は言うことができます。
いま、私は、とても楽しく充実した日々を送っています。
そして、生まれてきてよかったと思えるようになりました。
私の周りの人や出来事、全てに感謝の気持ちでいっぱいです
もし今「つらい」と感じてる方は、まずは自分を大切にする全肯定にふれてみませんか?
あなたがあなたらしく生きられる
「あなたの本来の魅力」を引き出していけたらと思います。
私にしかできないサポート、私にしかできないことを
お伝えしていきたいと思います。
勇気を出して、はじめの一歩、踏み出してみてくださいね。
あなたの「輝く」を応援しています。

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